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概要

吉富町町勢要覧

福岡県周防灘日豊本線大分県中津市上毛町東九州自動車道豊前市豊前IC上毛スマートIC吉富町1010212[吉富町の概要][吉富町の歴史][位 置]福岡県の東端、東経131度10分、北緯33度36分に位置。東は山国川を境にして大分県中津市、西は海岸に沿い豊前市、南は上毛町に接し、北は周防灘に臨んでいます。[地 勢]町の南西部から北方、北東方向へ向けて緩やかに傾斜(標高1.5m~18.0m程度)し、東側に天仲寺山、西側に鈴熊山の小丘陵が点在しています。[広 さ]東西1.8km、南北4km、面積5.72平方キロメートル[気 候]日本海型気候区と瀬戸内海型気候区の中間型気候で1年間を通して雨量が少なく、年間降水量は1,400mm~1,600mm。年間の平均気温15~16℃。冬は暖かく、夏は涼しい。[町 章] 「よしとみ(吉富)」の「よし」を図案化したもので、外周の円は円満、上部に突き出した部分は飛躍・発展を表しています。[町の花]「さつき」 町制を施行した5月にちなんで「さつき」を町花としています。さつきの花は公園や庭に咲く庶民的な銘花であり、文化の花開く、明るく住みよい町づくりを目指す本町にその姿を重ねています。[町の木]「もくせい」 たゆみなく生長を続ける常緑の木「もくせい」。その生育の旺盛さに一歩一歩前進する本町の姿を、きれいな空気を好む性質に潤いある町づくりを約束します。 2つの河川と小丘陵を有する本町には古代から集落が点在し、それを伝える史跡も数多く残ります。一帯は古代「豊の国」と呼ばれ、古事記伝の「豊はゆたけく大きなる意なり」からも豊かな土地が広がっていたことがうかがわれます。奈良時代には豊前国上毛郡に属し、鎌倉時代には佐井川の東側が「吉富名」と呼ばれ、室町時代には「吉富郷」となり、これが現在の「吉富町」の由来となっています。 江戸時代から1871(明治4)年まで中津藩にあり、廃藩置県を機に中津県、小倉県と変遷し、1876(明治9)年の小倉県廃止を機に福岡県に合併。1888(明治21)年の市町村制施行によって翌年に東吉富村(幸子、別府、楡生、鈴熊、今吉、土屋、直江、広津の8大字)と高浜村が誕生し、1896(明治29)年築上郡設置の際、当時の高浜村を山国川を境として西側の小祝(高浜)、小犬丸を東吉富村に編入し現在の姿になりました。1940(昭和15)年吉富製薬株式会社工場の創立に伴い、1942(昭和17)年5月19 日に町制を施行、吉富町が発足し今日に至っています。[交通アクセス]■東九州自動車道豊前IC、上毛ICから車で10~15分■JR 吉富駅JR小倉駅から特急利用で約30分(JR中津駅下車 車で約5~10分)35